クリスタルのブログ

ミクロとマクロの観点から、王国の文化を理解し、イメージを膨らませていくことを目指すブログです。

お母様の選択と亨進様の選択と私達の選択

お母様の選択について、亨進様が語られたみ言葉を掲載させていだだきます。
2016年3月27日の亨進様の説教「正義の王国」より引用します。


お父様のみ言に、2013年迄にお母様は完成しなければならないとあります。お母様はお父様に従ってこられ、お父様が重要な摂理的な決定をされてこられました。


お父様が地上におられなくなった時、ここで初めてお母様がご自分で重要な決定をしなければならなかったのです。お母様の生涯ではじめての重要な摂理的決断をしなければなりませんでした。ちょうど善悪知る木の実のように、善悪のどちらかを選ばなければなりませんでした。


力を選ぶでしょうか? 愛を選ぶでしょうか?
権威を選ぶでしょうか? 血統を選ぶでしょうか?
地位や自分が崇められることを選びますか? 神様を崇拝する事を選びますか?
これは本当に基本的な選択です。自分の為に生きるのか、神様の為に生きるのか、そこに行き着きます。それが善と悪の違いです。


ですから、ここでお母様は決めなければなりませんでした。自分の為に堕落する事が出来ない女性となる為に、自分の意思によって選ばなければなりませんでした。力と権威が手に入るとしても、私はそれを選びません。それより重要なことは、私のメシアに対する愛です。そして、彼の血統です。 (中略)


お母様は最高のサタンの誘惑を拒絶しなければなりませんでした。
イエス様が荒野でサタンに、この王国の全てを、全ての権力をあなたのものにできますよ。ただ私の前に屈すれば、全てあげますよと試されました。それと全く同じことです。


神様との契約をとるか,  サタンとの契約をとるかの選択です。 
   


今回亨進様とお母様との選択で私達は、幸運にも神様とイエス様とお父様が願われる方を選択することができました。すべてを捨てて神様とお父様を選択してくださった亨進様と国進様のお蔭です。


今までの観念に固執されることなく、正しい道を選べたことは奇跡のような出来事であったと思います。それぞれいろいろ計算したらこれなかったでしょうし、全てを置いて新たに出発できた私達の立場は、世界情勢をも動かすような重要な位置であることを思うと、身が引き締まります。神様はひとりひとりの個性を最大限に用いて摂理を動かそうとしてくださっているのを感じますので本当に恵まれた立場であると思うのです。


それと同じように日々の生活での小さな選択でも常に神様が望まれるような選択を私達は繰り返してなさなければならないと感じます。
特に為に生きることは私達にとってチャレンジで、人間的な計算をすると自分の為になる道を選んでしまいます。


でもかえって自分自身には得るものがないような道、無駄に思えるような道、犠牲になるような道を選択し、為に生きてこそ神様の心情に出会える私達であると感じます。
神様がいつも私達を愛してくださっているので、私達も愛する為に努力してこそ、愛する神様の心情に至る私達であると思うのです。


ですから、身近な人を喜ばせて生きてこそ、その人の背後に神様がいて共に喜んでくださっていることを感じて生きる私達になりたいものです。そのように生きてこそ神様が導く条件が出来るような気がするのです。


それでも世界中が神側に傾く条件には足りないので、摂理はもっと急がれていているので、世界的な艱難がなるべく少なくてすむように、今私達は家庭連合からあらゆる迫害を受けているのかもしれないとこの頃思うようになりました。


お父様はメシアとして、1945年から7年の1952年までに勝利されるはずでしたが、再臨のメシアの為に準備されていたキリスト教がお父様を受け入れる事ができなかったので、お父様はユダヤ・キリスト教の4000年の歴史を40年で蕩減復帰されたことを思い出します。1年を100年の如くに蕩減路程を歩んでくださったお父様でした。
そして1985年までの40年間で勝利され1945年のキリスト教の失敗を蕩減復帰されたのでした。


そしてお父様は「蕩減という言葉、あなたがたは蕩減と言う言葉は嫌いかもしれないが、お父様は蕩減があるからこの道をやって来れたよ。」と言われていたのを思い出します。「なぜなら、蕩減すれば元に戻ることが出来る。」と言われ、「お父様がこの地上に来てメシアとして摂理を進めようと思った時、お父様の基台は全部サタンに奪われてしまったよ。そして、荒野にたった一人で追い出されたんだよ。」と言われたと聞いています。


それで、お父様は打たれて、打たれて、打たれて蕩減の道を行かれたのでした。


ですから、家庭連合に迫害されればされる程、また打たれれば打たれるほど、摂理が進むのが早まるのかもしれないと思うのです。



この写真は、2012年7月19日の天正宮での訓読会の様子です。お父様はこんな感じで8月3日まで、お元気で訓読会をされていたようです。 You tubeに動画が残っていました。それからたった1か月でお父様は聖和されてしまいました。



その後お母様がお父様と別の道を行くなんて想像もしていませんでした。お母様の表情は、何となく複雑な感じですが、訓読会での様子からも最後の最後までお父様はお母様を懸命に愛され裏切らない方向に努力を惜しまなかったように感じます。



まさしくお父様もそうであったように荒野に追い出されて、お父様の行かれたのと同じような路程を歩まれる亨進様に身近で侍る事のできる私達は本当に幸せです。


今までお父様に侍りながらできなかったこと、負債になっていることを亨進様に侍りながら、蕩減復帰させていただけるように頑張りたいと思います。



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